蕎麦といえば信州蕎麦。私は仲の良い友達と仕事と旅行を兼ねて毎年軽井沢に行っている。そして必ず昼食にはお蕎麦を食べる。私は関西人なので関東のお出汁は少し濃い。軽井沢でいつも食べるお蕎麦屋さんのお出汁も濃い。しかしコクがあって美味しい。そのお店は本店が東京にある。昼時は満席で待つ事がほとんだが、蕎麦のメニューも多く毎年食べに行くのを楽しみにしている。そして必ずお土産に野沢菜とともに主人の大好きな信州の蕎麦を買って帰る。関西ではうどんが主流だが、関東ではお蕎麦が主流ということは大人になって社会に出てから知った。出汁の濃さが違うことも大人になってから知った。確かに関西ではうどん屋の看板はよく見るがお蕎麦屋さんの看板はほとんど見ない。家庭でも小腹がすくとうどんを食べるが蕎麦は食べない。南北に長い日本列島、食文化の違いは侮れない。まだまだ掘り下げるといろんな違いが出てきて面白そうだ。私がまだ小学生だった頃、夏家族で海水浴に行くと必ず昼食にうどんでは無くお蕎麦を食べていた。あの夏の太陽が照りつける砂浜ではお蕎麦の軽い食感が気持ちよかったのかもしれない。そして塩気の効いたお出汁がたまらなく美味しかった。大人になってから、お蕎麦の中に日焼けするとしみを作るメラニン色素とやらを活発にさせる成分がはいっているとしり愕然とした。いまさら仕方が無いが今の顔のしみが、あの10代の頃海で食べたお蕎麦が原因かと思うと悔やんでも悔やみ切れない。
食事にはマナーがつきものです。その国ごとに食文化が違えば、マナーも自ずと変わってきます。「もったいない」という価値観が根底にある日本では、食べ物を残すのはもったいない、作ってくれた人に対して失礼だと感じます。ところがフランス料理の世界では、お皿に付いたソースなどは少し残すのが常識とされています。食べるときの作法についても国ごとに違いがありますが、「蕎麦」は日本料理の中でも特に作法をとやかく言われることの多い食べ物の1つではないでしょうか。まず、言われるのは「つゆ」の付け方ですね。箸ですくった蕎麦をどっぷりとつゆに浸して食べるのは野暮で、つゆは少し付けて食べるのが粋な食べ方なんて言われます。
私の父は信州出身なので、小さい頃はお盆や年末年始は必ずといって良いほど、長野へ遊びに行っていました。父の時代は兄弟が多いのでいとこたちもたくさんいて集まるのはとても楽しみだったと記憶しています。そしていつも祖母の家に行くと街が特別な香りがしていまいした。その香りでいつも遊びに来たことを実感し、父はだんだん方言が言葉の端々に出てきたりしていました。その香りはあまり他の場所では感じたことがありません。
私の実家は四国の徳島県にあります。現在は遠く離れた所に住んでいるのですが、子供達の幼稚園の長期のお休みに合わせて実家に帰省する事がよくあります。実家に帰省する時には子供達は従姉妹のお姉ちゃんと遊ぶ事を楽しみにしています。実家に帰る時は今住んでいる地方のお土産を買って帰るのですが、逆に実家から今住んでいる所に帰る時にも友達などにお土産を買って帰ります。
おいしいお蕎麦が食べたくて、色々なお店をまわったことがあります。我が家は転勤族なので、関西も関東も経験しました。でも、関西では主流がうどんのため、気軽に行ける店が少ないです。そのような中でも、京都だけはお蕎麦屋さんが多かったように感じます。印象に残っているのは、鴨の肉が入ったつけ汁が多かったことです。関東でもたまに見かけるので、京都で食べた時のことを思い出します。
日本の代表的な料理の蕎麦。その歴史は古く、縄文時代にはすでに栽培がされており、これは、縄文時代の遺跡から蕎麦の種が発見され判明したそうです。文献上では養老6年に凶作の救荒作物として普及されたと記述されています。蕎麦の栽培は、米の栽培よりもさらに早い時期から行われていたようです。その当時は実をそのまま食したといわれており、現在のような形で食べられるようになったのは、1600年代と言われています。それまでは、蕎麦がきや蕎麦飯などとして食べられていました。江戸時代になり、蕎麦は一般的に食べられるようになりました。現在では当たり前のようにある蕎麦屋ですが、「十割そば」や「更科そば」などの看板をよく目にします。
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