長野で食べた蕎麦-蕎麦 私の顔のしみの原因か |蕎麦を食べに開田高原へ

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長野で食べた蕎麦

私の父は信州出身なので、小さい頃はお盆や年末年始は必ずといって良いほど、長野へ遊びに行っていました。父の時代は兄弟が多いのでいとこたちもたくさんいて集まるのはとても楽しみだったと記憶しています。そしていつも祖母の家に行くと街が特別な香りがしていまいした。その香りでいつも遊びに来たことを実感し、父はだんだん方言が言葉の端々に出てきたりしていました。その香りはあまり他の場所では感じたことがありません。
今思えばそれは蕎麦をつくる時の香りだったのだと思います。それは大人になって法事で久しぶりに長野まで行った時に偶然に入った蕎麦屋でも同じ香りがしたからです。そこのお店は蕎麦を石臼でひいて、蕎麦粉にしてから作る十割蕎麦のお店でした。祖母宅の周りには蕎麦屋はなかったはずなので、あの当時普通の家でも蕎麦をよく作って食べていたのかもしれません。私もかなり大きくなるまで、蕎麦は何となくお店で食べるものではなく、祖母の家で食べるものと思っていました。
大人になって入った蕎麦屋の話です。お店の人によるとその辺りでも蕎麦粉100パーセントの十割蕎麦を出すお店はなかなかないそうです。うまく蕎麦にとしてお客さんに出せるようになるまで苦労をしたと言っていました。出てきた蕎麦は長さは短めの太めでしたが、店主の苦労が感じられるような素朴な味でした。最後にそば湯を持ってきてくれて、つゆに入れて飲みましたが、蕎麦の香りがとても心地良いものでした。

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